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中国における知的財産保護の重要性

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中国における知的財産保護の重要性
(ファインケミカル VOL.32,NO.1)

中国弁理士・王礼華/日本アイアール知的財産活用研究所・矢間伸次


21世紀はアジアの時代といわれている。その中にあって、最も経済発展が期待されている国が中国である。生産拠点として、また有望な巨大マーケットとして世界中から熱い注目を集めている。日本企業も「皆で行けば恐くない」ということで、生産拠点や営業拠点の構築を急いでいる。中国でビジネス展開するときに忘れてはならないのが、特許や商標・著作権などの知的財産制度の仕組みやその手続きである。中国のWTO加盟に従い、日本企業は中国市場を重要視し経済交流は拡大し続ける。経済交流が増大すれば知的財産をめぐるトラブルが増加するのは必然である。それにしても日本企業のリスクマネジメントはお粗末である。

1. はじめに

中国の特許制度を考える場合、日本人が往々にして陥りやすいのが、「中国は発展途上国であるから、中国国民の関心は薄く、特許に携わっている職員も機関もたいしたことはあるまい」という印象をいまだにもってしまうということである。
つまり、中国で特許をとっても、どうせ保護はいいかげんだろうし役に立つまい、という誤解である。これは基本的にまちがえている。

2. 中国における技術移転

2.1 技術移転の実情

1985年に中国が特許制度を設立した目的は、技術を商品化して経済発展を促進させることであり、その技術の成果を活用しようというものである。その手段として「特許制度を利用すべし」の大スローガンを出したのが中国共産党である。さらに強力に推進すべく、1997年には「科学技術成果転換法」という新しい法律も発布した。
これまでの技術開発は大学とか国の研究機関に依存するところが大きかった。これらの技術を企業に移転させようというのが、この法律の最大の目的であった。つまり、研究機関から生まれた発明、技術をいかに効率よく利用させるかということで、日本よりもずいぶん早くから産学官共同を支える法律が存在していたのである。
中国における技術移転とは、財政的な援助、税制上の優遇措置などが盛り込まれており、日本の比ではない。たとえば技術を売り買いする「特許技術市場」の現状をみても、差は明らかである。北京、上海、大連などにある特許技術市場の存在は、特許制度を推し進めていくための大きな原動力となっている。
日本企業は、特許をとって商品を作り、独占することが目的である。しかし、中国は独占するというよりも、もっと以前のところで技術そのものを売るとか貸すとか、その技術を商品として売買する意欲が非常に強い。だからこそ、技術移転やライセンスする場合に中国で特許をとっておくことが、大きな武器となる。ライセンスの場合、特許をベースにしたライセンスとノウハウをベースにしたライセンスがあるが、その違いは大きい。特許権を無視して契約書とノウハウだけで交渉すると、良い結果が出ない。ライセンス戦略として特許を出願しておく意味がここにある。

2.2 技術移転に伴うトラブル

多くの企業は、コストダウンを目的に中国へ生産拠点をシフトさせている。そのために、今ある技術が中国へ移転される。当然ながら偽物が生産され、被害もだんだんと大きくなっていく。技術移転とは、とりあえず同じ物を作るところからスタートするわけであるから、この偽物問題は当然起こるべくして起こるものであり、避けては通れない。日本も同じことを経て発展してきたので、そのあたりの事情は理解できているようだ。
ここまではだれでも予測できることであり、それに対する処方も各企業は用意されているはずである。問題はこの先にある。実際に物づくりしているところに新しいニーズが持ち込まれ、新しい技術が開発されるのが原則である。
ここで注意すべきことがある。中国は社会主義国家であったために、経済発展がうまくいかず、国そのものが遅れをとったわけである。しかし、多くの中国人は早くから海外に出向き活躍しており、なかには先進国において過酷なまでのビジネス競争に打ち勝って、リーダー的役割を果たしている人も多くいる。つまり中国人は、世界のビジネス競争に負けないグローバルな発想と能力を備えている。しかも海外から技術移転して事業がスタートできるメリットも手に入れている。
これまで中国はハード部分である国が整備されていなかっただけで、一気に日本に追いつくパワーが備わった。技術開発は多大な時間を必要とする。しかし完成された技術の吸収には時間がかからない。中国は、いつまでも偽物を作り続ける必要がなくなるはずである。まだまれであるが、商品によってはすでに中国市場に向けたニーズを先取りし、新しい技術やサービスを上積みする仕組みを構築しつつある。さらにベトナム、タイ、カンボジア、中近東など、周辺諸国向けのニーズ開発も進めている。日本企業の本社があれこれ指示してモタモタしている間に、中国企業は巨大なマーケットを開拓していく。いずれ日本発の商品コンセプトは受け入れられなくなる。
日本は成長期における過去の成功体験から抜けられず、思考が止まったままである。追いつかれるどころか、追い抜かれるときが来てもおかしくない。このままでは、せっかく築いてきた日本の知的財産が守れない。今はまさにその水際にある。かろうじて日本に残されている高度技術を保護してくれるのが、知的財産権である。

⒊ 中国特許事情の大きな特徴

3.1 中国人による国内出願件数が多い

この傾向は韓国、台湾にもみられるが、中国では特に目立つ。これが他の発展途上国やアセアン諸国となると、80~90%は海外からの出願に占められている。中国の場合、特許で50%程度が自国人の出願である。これが実用新案になると90%に及び、意匠の出願も国内出願人のほうが圧倒的に多い。

3.2 中国人は侵害に敏感?

「これはもう黙っていられない、見逃すわけにはいかない」ということですぐ警告が発せられ、いろいろなトラブルが生じている。相手は中小企業であったり個人であったりするが、非常に多くの紛争事件が起きている。お互い侵害するところを見つけた場合は必ず文句を言う。外国企業との係争事件も増え続けることが予測される。

3.3 中国にはたくさんの技術者がいる

中国共産党のスローガンが「特許を利用して、経済発展を成し遂げる」ということなれば、そこは社会主義国家の強味で、何事も一気にやり遂げるパワーがある。そのぶんインフラ整備も早く進み、人材育成や法律整備も徹底される。ましてや特許が金儲けにつながるとなれば、発明好きの中国人から発明がたくさん生まれるのは当然である。中国が特許制度を導入して20年近くになろうとしているが、いまだ絶え間なく多くの国内出願がなされているという事実は、やはり特許をとることで、中国人のビジネスに十分役立っているという証明でもある。

3.4 実用新案と意匠には十分な注意を払う

実用新案、意匠というのはこれまで無審査であったから、さまざまなトラブルを起こしてきた。その原因は、中国人の実用新案権や意匠権に関する認識不足から生じていた。基本的には「権利を国が保証してくれたから問題ない、おまえのほうが悪い」ということであるから始末が悪い。そうなると相手の権利をつぶすしか方法はない。最近では無用のトラブルを防止するため、意匠権の付与条件を改正したり、実用新案には調査報告制度を創設するなど、法改正をしている。しかし、トラブルに巻き込まれると、解決するのはたいへんしんどいことに変わりはない。

3.5 日本企業からの出願は

戦略性のないものが多い日本企業は中国に特許出願する目的が明確でなく、日本国への出願とまったく同じ発想から抜け出ていない。「この技術が重要そうだから、とりあえず出願しておく必要がありそうだ」という、“とりあえず出願”が目につく。ビジネスをするために、この技術が中国で必要であるから出願するという発想が、欧米に比べて薄いようにみえる。
5年から10年のスパンで特許を考え、そのころにわが社は中国でどういうビジネスを展開しているのか、そのビジネスに対して特許をどれだけ役立たせるのか、という長期的な戦略が必要となる。

⒋ 中国での特許戦略を成功させるポイント

4.1 中国の特許調査が重要

中国の特許渉外事務所は出願することを優先し、調査などの仕事は歓迎しない。しかも、慣れていないから調査に漏れが出るのはあたりまえ2003年1月1・15日合併号Vol.32 No.1 19で、費用も想像以上にかかる。特に見落としがちなのが、実用新案や意匠である。これは実際に商品が出ていくときに必ずチェックしておかなければならない重要なことである。

4.2 継続的な特許調査が必要

特許調査によって現状が把握できたら、それらを継続的にウォッチングして、動向を注意深く監視し続ける必要がある。

4.3 他の関連する法律をチェックしておく

知的財産を直接関係がないと思って無視していたら、意外に関係があって、大騒ぎになることがよくある。たとえば、食品のラベル法、化粧品のパッケージ法など、知っておくべき法律が中国にはたくさんある。

4.4 情報収集の重要性

中国の場合、知的財産の問題は非常に複雑で、かつ急速に変化しているから、どういった状況になっているかということは常にチェックする必要がある。そのため、大きくネットを広げていろいろな情報を集めておかなければ、大きな穴が開いてしまうことがある。つまり多面的な見方をしていないといけない。特に経済法といわれている経済関連の法律も頻繁に出ているので、そういった動きにも注意する必要がある。幸いなことに、インフラ整備によって中国の知的財産に関する情報収集は、インターネットから各機関のホームページにアクセスすれば入手が可能である。たとえば、漢方の知的財産保護に関するものとして「漢方品種保護条例」などがある。結論としては、中国市場を相手にビジネスをして金儲けを考えているわけだから、それに見合う投資は当然すべきで、その費用をけちってはならない。

⒌ 特許出願するときの問題点

特許出願時に起こる最大のトラブルは、翻訳の問題である。日本企業は中国の弁理士に、日本特許庁に出願した書類(日本語)の中国語への翻訳依頼をする。ここで日本語から中国語へとスムーズに翻訳できれば問題は生じないが、中国には日本語ができる弁理士が不足しており、日本企業は一度書類を英語に直して、英語から中国語への翻訳を依頼するという二重の手間を余儀なくされている。この過程で文章の内容にズレが生じ、できあがった中国語の書類が、元の日本語の書類とは異なった内容になってしまうことがある。中国語にはカタカナのような日本人にとって都合の良い文字はないから、すべてを漢字にする。新しい技術は外来語が多い。これを漢字にするわけである。辞書化されていない用語は、それらしい意味の漢字を使って 説明する。特許は新しい技術用語が頻繁に出るからやっかいで、日本企業の担当者にはチェックしようがない部分もある。せっかく権利がとれたとしても、いざ権利を行使しようにも特許請求範囲が極端に狭くなっていたり、やたらに制限があったりして、あとあとで問題が生じていることがよくある。技術内容が理解でき、日本語のわかる、しかも特許明細書を規定に従って作成できる中国弁理士の確保が、特許出願時の重要ポイントとなる。
また、一部の中国特許渉外事務所に日本企業の出願が集中することがよくあり、さばききれないために、翻訳がアウトソーシングされることがある。アウトソーシング先は学生、ベテラン技術者などばらつきが大きい。たとえ技術内容が理解できたとしても、特許明細書のことはさっぱりわからない人もいる。担当する弁理士もすべてを校正ファインケミカル20しているわけではない。質の悪い出願の理由は、こんなところにある。日本人にとってたいへん便利な日本語という言語ツールは、グローバル社会では足を引っ張り、大きなハンディを抱えていることになる。日本企業のグローバル化を促進するには、優秀な中国人留学生を雇い入れ、育成するしか方法はない。

⒍ 中国の知的財産保護関連の主な法律

近年、中国では表1、2のように、相次いで知的財産保護関連の主な法律/法規の制定または大幅改正が行われた。また、国家知識産権局は、特許審査手続き(国家知識産権局審査部門用)を大幅に改正した。

6.1 中国特許法

新特許法では、依然として動物と植物品種には特許権を付与しない。そのうえ、転換遺伝子、動植物にも特許権を付与しない。特定の状況で特許保護の対象となる人体の遺伝子または生物技術に関する発明は、その商業上の開発が社会道徳に背きまたは公共利益を妨げれば、特許権は付与されない。すなわち、人類遺伝子技術に係る発明出願は慎重な態度をとるほうがよい。

6.2 中国商標法

改正前の商標法によれば、商標に使用するのは「文字、図形またはその組み合わせ」と規定し、保護をいわゆる平面商標に限ったが、今回の改正では、第8条に「自然人、法人またはその他の組織の商品を他人の商品と区別することができるいかなる可視性のある標識も、商標として登録出願することができる。その標識は、文字、図形、アルファベット、数字、三次元標識、色彩組み合わせ、およびこれらの要素の組み合わせを含む」と規定している。それで、商標構成要素は平面商標から、平面商標、立体商標および色彩組み合わせ商標に拡大し、立体商標および色彩組み合わせ商標の使用が可能となる。

6.3 知財・特許紛争が起きた場合

中国最高人民法院の規定によれば、普通の商標、著作権など知財紛争案件は基層人民法院を一審法院とする。
特許紛争案件に関しては複雑な技術問題や法律問題に及んでいるため審査が難しいとされ、審判の質を高めるため、各省、自治区、直轄市人民政府所在市の中級人民法院、および特別に指定された一部の中級人民法院を一審法院とする。いま、中国全国では合計43の中級人民法院が特許紛争案件を審理することができる。

6.4 渉外事務所

渉外事務所を国内に設置する国は少ないが、中国ではよりよく外国出願人の利益を守り、国内実状を考えたうえ、国が許可した渉外代理機構を設置した。認可されないと、渉外代理を取り扱うことができない。日本の出願人が中国へ特許または商標出願する場合には、必ず渉外代理機構を経由しなければならない。また、中国では特許の執行機関は国家知識産権局、商標の執行機関は国家工商行政管理局商標局である。渉外商標(特許)代理を取り扱うことができる渉外代理機構が必ず渉外特許(商標)代理を取り扱うことができるわけではないということに注意する必要がある。