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北の海からアメリカ南東部へ

北の海からアメリカ南東部へ

北極圏はしばしば炭鉱のカナリアに例えられるという。米国NASAの気象科学者ジェイ・ズワリー(Jay Zwally)氏の言によると、”The Arctic is often cited as the canary in the coal mine for climate warming. Now as a sign of climate warming, the canary has died. It is time to start getting out of the coal mine.”
鳥かごにカナリアを入れて炭鉱にもぐる。一酸化炭素が出てくると真っ先にカナリアがばったりと行く。それ逃げ出せ、ということになる。北極地方の様相を見ると、既にカナリアは死んだ状態であり、炭鉱から逃げ出す時が来ているという。しかし、この地球上のどこに逃げ出せば良いのか?

昨年夏、グリーンランドで溶けた氷は5520億トンにのぼるという。老いも若きも1億の日本国民が総出でグリーンランドに出かけ、各人10トン積のダンプカーを運転して、切り出した氷を海岸まで運んで海に投棄する仕事を請け負ったとすると、各人が55回往復しなければ終らないことになる。想像を絶する量である。

このグリーンランドの氷と北極海の氷の融解が大西洋の海流に大きく影響を始めているようだ。有名なメキシコ湾流(Gulf Stream)の変化で、米国南東部に雨が降らなくなっているらしい。南東部(South East)とは、South Carolina, North Carolina, Georgia, Alabama, Tennesseeなどの州を指す。

昨日(08年1月24日付けで)AP(Associated Press)が報じるところによれば、これらの地方での原子力発電所(Nuclea Reactors、Nuclear Power Plants)が取水先の湖や川の水が少なくなったことで、稼動停止の危機に直面しているという。取水口がもう少しで水面に出てしまうという。言われてみれば、原子力発電所は猛烈に水を使う。水を熱して蒸気にしてタービンを回し、次いでその蒸気を急速冷却するためにまた水を使う。いうなれば水冷式発電所だ。全国で104ある発電所のほとんどは湖か川のほとりに建てられており、その内24箇所が猛烈なかんばつ地域にあるという。

メキシコ湾流が北の海で冷やされる度合いが少なくなって、大西洋をぐるぐる廻る力が弱まっているらしい。そのことが、北アメリカ大陸の降雨パターンを変えてしまっているらしい。今まで適当に降っていた地域で降らなくなり、これまでほとんど雨無しの地域にドカドカと降ったりする。ちょっとした海洋の変化が陸地の気象を大きく変えることになる。

原子力発電所が止まっても人間は生きていけるが、雨が降らなければ穀物が育たない。都市への水道も止まってしまう。世界一の大国、世界一の強国であるUSAの科学技術を総動員しても、降雨のパターンを元に戻す方策は無いだろう。日本に「知恵を貸せ」と来られても、こちらもお役には立てないだろう。

打つ手がなさそうな話ばかり連続して書いて来ているが、意図するところは、「事実を知ろう」ということである。事実をつかまなければ対策の立てようが無い。否、それどころか、対策を立てる必要性さえ感じない。今の日本はそのような「感じない」状態にある。このままでは、氷の融解と海流の流れを変えることはできないにしても、もう少し小さな課題には有効な数々の知的資源も活用されないままになる。

事実を知る、そして対策を考える。何度も何度もいうように、日本はこの地球の危機に立ち向かえる知的資源の宝庫、世界でもっとも豊かな資源に恵まれている地域である。事実を知らず、危機を感じなければ、それらの有用な知的資源は地下に眠ったまま活用されずに終ってしまうだろう。事実を知ろうとしないから、ぼけているから、太陽光発電や風力発電に研究開発の補助金も出ない。

炭鉱のカナリアはもう死んだのだ。このままぼけていたら、次は人間様がカナリアになる。

(08.01.25 篠原泰正)