【化学系特許調査の進め方】化学物質による検索① 物質名・商品名等での調査
化学分野の特許調査といっても内容は様々ですが、やはり化学物質に関する調査をする機会が多いかと思います。
しかしながら、化学物質の表記は様々で、化学物質の調査で漏れのない検索を行うことは簡単ではありません。CAS登録番号(CAS RN®)やInChIkeyなど化学物質の調査の利便性が図られた工夫もされていますが、すべてのデータベースで使用できないなどの問題もあります。また、近年一般的に普及している全文テキスト系のデータベースを用いる場合、化学物質の調査は特に注意が必要となります。
今回は、物質名・商品名等による特許調査についての概略をまとめてみました。
なお、このコラムは、主に化学メーカーや医薬品メーカーの知財担当者で調査実務の経験がまだ少ない方を対象とした、初歩的な内容となっています。
1.データベースの種類による特徴
化学分野の調査を行う際のデータベースとして、抄録系データベースと全文系データベースがありますが、それぞれの特徴を理解しておく必要があります。
- 抄録系データベース:CASを代表とする文献等の抄録が得られるデータベースで、化学物質の索引が作成されていることがあります。索引による検索は信頼性、利便性があり、調査にはよく使われるデータベースですが、索引の作成基準等により索引されない場合もあり、また索引作成によるタイムラグがもあることにも注意が必要です。
- 全文系データベース:文献や特許の全文を検索対象とすることができるデータベースで、文献に記載されている化学物質が検索対象となりますが、化学物質の記載がまちまちであるため、いろいろな名称等で検索する必要があり、ノイズや検索漏れが発生する可能性があります。
調査においては、それぞれのデータベースの特徴を理解したうえで、抄録系と全文系のデータベースを併用して検索し、網羅性を高めることも検討しましょう。他の検索手段となるCAS登録番号、やInChIkeyや化学構造による検索ができないデータベースもあり、化学物質の名称による検索は重要となります。
ここでは、特に全文系データベースを検索するうえで、化学物質の名称等について取り上げていくことにします。
2.化学物質の名称
化学物質には様々な名称がつけられています。例えば下記のようなものが挙げられます。
- IUPAC名:国際純正・応用化学連合(IUPAC)によって定められた化合物の命名法です。国際的な標準となっています。しかし、特許明細書にIUPAC名が記載されていることは稀ですので、特許検索には向いていないといえます。
- 一般名: 広く一般的に呼ばれている名称で、文献や特許にもよく使われています。医薬品の場合は有効成分の呼称をいいます。
(※関連コラム:医薬品一般名とは? [技術者教育研究所サイト]) - 商品名: 製品につけられた名称で、商標であることも多いです。
- 慣用名: 化学分野で広く用いられている化合物の名称をいいます。
- 開発番号 :企業が開発中につけられる一種のコード(番号)で、商品名がつけられる前に使用される場合があります。文献等にも使用されることがあります。
その他、CAS登録番号(CAS-RN)、InChIkey、SMILES記法などがあります。
例えば、L-アラニンはそれぞれ次のように表されます。
- IUPAC名 : (2S)-2-aminopropanoic acid
- 一般名 : L-Alanine
- 慣用名・同義語 : Alanine; (S)-Alanine; L-Alpha-Alanine; (S)-2-Aminopropanoic Acid; H-Ala-OH; L-2-Aminopropionic Acid・・・
- CAS-RN : 56-41-7
- InChIkey : QNAYBMKLOCPYGJ-REOHCLBHSA-N
- SMILES : C[C@@H](C(=O)O)N
全文系データベースでは、できるだけ多くの表記で検索することにより、漏れの少ない検索に近づけることができます。
3.化学物質の名称等の調べ方
化学物質の名称等を調べる方法としては、4.に記載のデータベースや資料を用いて行うことができますが、検索をすることで新たな表記を見つけた場合は、その用語を追加してさらに検索というような作業を繰り返すことが重要です。
このような作業を通じて多くの名称等を集めることができ、より漏れの少ない検索にすることができます。
4.化学物質の名称等を調べるためのデータベースや資料
化学物質の名称等を調べるためのデータベースとしては、化合物の辞書といえるデータベースがあります。
化合物辞書データベースは、化学物質のデータのみで構成されており、そこから文献や特許のデータベースにクロスオーバーすることで、目的の文献や特許にたどり着けるようになっています。
主な化合物辞書データベースとして、次のようなものがあります。
(1)J-GLOBAL
以前の日本化学物質辞書Web (科学技術振興機構[JST]が作成)がJ-GLOBALに統合された有機化合物を含むデータベースで、無料で使用することができます。
文字列検索および構造検索が可能で、文字列検索では名称、分子式、分子量、法規制番号、CAS登録番号などで検索できます。
たとえば、「アラニン」で検索し、表示されたリストから、「物質 アラニン」をクリックすると下記のようなデータが表示されます。
体系名やその他の名称で「全件表示」をクリックすることでさらに多くの名称が表示されます。
また、シソーラスmapが用意されており、「シソーラスmap」をクリックすると下記のような図が得られ、上位概念等の関連する用語をさらに知ることができます。
ここから、例えば「アミノ酸」をJ-GLOBALで検索すると「用語 アミノ酸」がヒットします。
これらから検索に必要な化合物の名称を集めることができます。
なお、J-GLOBALでは、物質によっては年代別の文献数や関連特許数が表示されることがあります。
実際にデータベースを検索する際に参考になると思われます。
(2)Pubchem
Pubchemも化合物のデータベースであり、アメリカ国立生物工学情報センター(NCBI)によって管理されています。
収録されている化学物質としては、1000原子および1000結合より少ない小さな分子とされています。Pubchemも無料で検索できます。
(※関連コラム:【初心者向け】NCBIデータベースの概要と基本的な検索方法[技術者教育研究所サイト])
例えば、「alanine」で検索すると下記のようなデータが表示されます。
「L-Alanine」のほかにも化学名が列挙されていますが、この部分をクリックすると詳細なデータが表示され、さらに他の同義語を知ることができます。化学物質の簡単な説明や出展も見ることができます。
表示されるデータとしては、「best match」の化合物のほか、類似物質もリスト表示されますので、調査対象を選択できます。
(3)有料データベース
有料のデータベースとしては、例えばRegistryやDCRといったものがあります。これらには多くの文献や特許に基づいた化学物質の名称が記載されています。
これらのデータベースを調べることは、CASやWPIファイル(World Patent Index:世界的な特許情報を収録したデータベース)を調査するうえでも重要ですが、新規性調査においても有力な手段となります。
- REGISTRY: CAS 登録番号が付与された化学物質が収録されており、有機化合物の他無機化合物、ポリマー、金属、たんぱく質等々種々の化合物が対象になっています。CASファイルへのクロスオーバー検索が可能で利便性が良い検索ができます。
- DCR : 化合物セグメントである DCR (Derwent Chemistry Resource) のデータが収録されており、化合物関連特許を WPI ファイルで検索する場合は、まず DCR ファイルで化学物質を検索してから、WPI ファイルにクロスオーバー検索します。
(4)その他資料など
Webやデータベース以外にも化学物質の名称を調べる手段があります。例えば、以下のようなものがあります
- 各試薬会社資料 : 試薬等のカタログやWebで化学物質名等の情報を得ることができますが、販売されている物質に限定されます。調査のとっかかりに使える資料になる場合があります。
- 図書「17322の化学商品」 : 商業的に生産されている化学物質が掲載されており、工業化学における名称が得られることがあります。
5.実際の検索比較例
「カンデサルタン」を例に、J-Platpatで化合物名称の検索をしてみました。
カンデサルタンをJ-Globalで調べてみると、一般名の「カンデサルタン」の他、商品名として「ブロプレス」、また、開発番号は「CV-11974」であることがわかります。これらを使ってJ-Platpatを調査した結果です。
- 全文: カンデサルタン → 4246件
- 全文: ブロプレス → 46件
- 全文: CV,3C,11974 → 21件
- OR検索 全文: カンデサルタン ブロプレス CV,3C,11974 → 4275件
(調査日:2022.11.7)
OR検索をした結果は「カンデサルタン」のみよりも若干ですが、ヒット件数が多くなっています。漏れのない調査を行うには、できるだけ多くの名称等を用いた調査を行う必要があります。
今回は名称の検索をお示ししましたが、CAS登録番号やInChIkey、化学構造検索なども併用して検索する必要があります。
次回は、CAS登録番号による特許調査についてご紹介します。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 S・T)