IPランドスケープでM&A・アライアンス候補を探すには?進め方の例を解説

IPランドスケープを活用すると、特許データとビジネス・市場データを組み合わせることで、自社に不足する技術を補完できる企業や、新規事業のパートナーとなり得る企業を客観的なデータに基づいて探索することができます。
M&Aやアライアンスの候補企業を検討する際には、単に特許件数を比較するだけでなく、自社との技術的な補完性、各社の強み、市場での位置付けなどを多角的に分析することが重要です。
本記事では、IPランドスケープを活用してM&A・アライアンス候補を探索する際の基本的な進め方を紹介します。
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1.探索目的と技術領域の定義
まずは自社の経営戦略や事業課題に基づき、「なぜM&Aやアライアンスが必要なのか」を明確化し、探索すべき技術領域を特定します。
自社ポートフォリオの棚卸し
自社の強みとなる技術(コア技術)と、不足している技術(ウィークポイント)を把握します。
具体的には、自社と競合他社について、権利が存続している登録特許の保有状況を比較し、ランキングやパテントマップとして可視化します。その際、単純な件数比較だけでなく、国内特許ではFI、海外特許ではIPCやCPCなどの特許分類ごとに内訳を確認することが重要です。これにより、自社が強みを持つ技術領域と、競合他社が優位に立つ技術領域を把握しやすくなります。
自社の特許ポートフォリオが相対的に弱い領域では、単独での競争力強化だけでなく、M&Aやアライアンスによって不足する技術を補完するという視点も重要になります。
目的の明確化
ここが最も重要なポイントです。「新規事業への参入(時間をお金で買う)」「既存事業の競争力強化」「破壊的技術を持つ競合・新興企業の取り込み」「バリューチェーンの補完」など、目的を定義します。
M&A・アライアンス候補の探索では、分析に着手する前に、経営層、事業部門、知財部門などの関係者間で「何を目的とし、どのような成果を期待するのか」を十分にすり合わせておくことが重要です。
また、後になって目的や評価基準について認識のずれが生じないよう、合意した内容を文書として残しておくことも有効です。
2.データ母集団の形成
特定した技術領域に関する知財データと非知財データ(ビジネスデータ)を収集し、分析の土台を作ります。
検索式の構築
対象領域の技術キーワードと特許分類(IPC、CPC、FI、Fタームなど)を掛け合わせ、関連特許の母集団を作成します。
対象技術に対応する特許分類があらかじめ分かっている場合は、キーワードとそれらの分類を組み合わせて検索式を構築します。
一方、新規事業への参入など、対象領域の分類が十分に把握できていない場合には、まず競合候補となる企業群を抽出し、IPC、FI、Fタームなどの出現状況をランキングやパテントマップで確認する方法が有効です。その中から、対象技術との関連性が高い分類を抽出し、検索式の精度を高めていきます。
水中ドローンの簡易的な検索式の例を挙げておきます。
情報の統合
特許データに加え、論文データ、スタートアップ企業の資金調達情報、企業の財務データ、プレスリリースなどの市場情報も併せて収集します。
非知財情報については、IR資料や決算説明資料などに今後の事業方針が示されていることも多いため、重要な情報源となります。また、Web上のニュース、各種白書、業界レポートなども活用し、市場規模、市場動向、技術動向、商流などを確認します。
非知財情報を確認することで、当該技術がどのような市場・政策・事業戦略の中で位置付けられているのかを把握できます。
水中ドローンの例では、関連企業のIR資料やプレスリリースなどから、当該技術がどの事業領域に位置付けられているのか、今後どの程度の事業拡大を目指しているのか、どのような用途・顧客への展開実績があるのかといった情報を把握することができました。
3.IPランドスケープによる可視化と候補の抽出
収集したデータをマクロおよびミクロの視点から分析・可視化し、候補となるプレイヤーを抽出します。
プレイヤー・ランキング分析
特定領域において特許出願件数が多い企業や、近年急激に出願を伸ばしている新興企業(スタートアップ)などを特定します。
水中ドローンの例を挙げておきます。縦軸が出願人で横軸が出願数です。
この分析では、特定の2社が他社と比較して多くの特許を出願していることが確認できます。
このように、特定企業に特許出願が集中している領域では、その企業がどのような技術領域で特許ポートフォリオを形成しているのかをさらに詳しく分析する必要があります。
ただし、特許件数だけで市場シェアや参入障壁を判断することはできないため、市場情報や事業情報と組み合わせて評価することが重要です。
ホワイトスペース(空白領域)分析
技術課題と解決手段をマトリクス化(パテントマップ作成)し、特許出願が少ない、あるいは特許網が比較的薄い「ホワイトスペース」を探索します。
こうした領域で重要な特許を保有する企業があれば、提携・買収候補となる可能性があります。
下の図は、技術課題と解決手段をマトリクス化した例です。黄色いエリアがホワイトスペースと考えられます。
ただし、空白領域が必ずしも有望な事業機会を意味するわけではありません。技術的に実現困難である、市場ニーズが乏しい、検索条件によって特許が拾えていない、といった可能性もあるため、その背景を慎重に検討する必要があります。
引用・被引用分析(技術の牽引力評価)
他社特許から多く引用されている特許を抽出し、そのような特許を保有する企業や研究機関を確認します。
特許保有件数だけでは見つけにくい、技術的に注目すべき特許を持つ大学、研究機関、ベンチャー企業などを探索する際にも有効です。
水中ドローンの例を挙げておきます。縦軸が被引用数で横軸が出願年です。
特に出願後の比較的早い段階から多く引用されている特許は、技術的な注目度が高い可能性があり、内容を詳しく確認する価値があります。
例えば下図では、出願年と被引用数の関係を踏まえて設定した赤の点線を一つの目安とし、その上側に位置する特許を優先的に確認するといった分析が考えられます。
ただし、被引用数は出願時期や技術分野によっても傾向が異なるため、件数だけで重要性を判断しないことも重要です。
技術の補完性・類似性分析
自社の特許ポートフォリオと他社のそれを比較し、オーバーラップ(競合)しているか、補完関係にあるか等を分析します。
アライアンスの場合は補完関係にある企業、シェア拡大のM&Aであれば類似領域の企業が候補となり得ます。
具体例として水中ドローンの例を挙げておきます。
企業Aと企業Bを比較すると、それぞれが強みを持つ技術領域に違いがあり、一定の補完関係が確認できます。
このような分析は、技術提携、共同開発、ライセンスなどの可能性を検討する際の候補抽出に活用できます。
4.候補企業のスクリーニングと多角的な評価
抽出された候補企業に対し、知財面とビジネス面の両方から評価を行い、最終的なターゲットを絞り込みます。
知財面の評価
- 特許の質と網羅性: コア技術が特許で強力に保護されているか。コア技術だけでなく、その周辺技術についても権利が形成され、容易に迂回されにくい特許ポートフォリオになっているかを確認します。
- 他社牽制力: その企業の特許が、競合他社の事業をブロックできる力を持っているか。他社牽制力を評価する際は、権利範囲だけでなく、侵害の発見・立証のしやすさも重要です。特に製造工程やソフトウェア、システム内部の処理に関する発明では、外部から実施状況を把握しにくいケースがあるため、この点も考慮する必要があります。
- 自社とのシナジー: 相互ライセンス(クロスライセンス)が可能か、自社の既存特許と組み合わせることで強力なポートフォリオが築けるか。
ビジネス面の評価
ビジネス面では、企業の財務状況、事業規模、企業文化に加え、株主構成なども踏まえて、M&A・提携の実現可能性を評価します。
ここで忘れがちなのは、生産技術や生産設備への投資とその回収を含む生産戦略、商流を含めた営業戦略です。
知財部門が分析資料を事業企画部門へ提出し、その後の検討は事業側に任せればよい、という考え方では、IPランドスケープを十分に活かすことはできません。
分析結果を実際の事業戦略や意思決定につなげるためには、知財部門自身も事業側の検討に踏み込み、関係部門と継続的に議論していくことが重要です。知財部門が自らの役割を「情報提供」にとどめてしまうと、IPランドスケープが形式的な取り組みで終わってしまうおそれがあります。
5.アプローチとIPデューデリジェンス(IP DD)
ターゲット企業を絞り込んだ後は、実際のアプローチへと移行し、交渉の過程で詳細な知財リスクの精査を行います。
M&A・アライアンス候補の選定では、どうしても自社側の目的や都合を中心に検討しがちです。
しかし、実際の交渉を円滑に進めるためには、相手企業にとってどのようなメリットがあるのかという視点も欠かせません。
自社側の論理だけで交渉を進めるのではなく、双方にとってメリットのある関係を構築できるかを検討することが重要です。
- FTO(Freedom to Operate)調査:
候補企業の技術を実施する際に、第三者の特許を侵害しないか(侵害リスク)を詳細に調査します。第三者特許の侵害リスクが確認された場合には、その影響や対応策を精査するとともに、必要に応じて契約上の表明保証、補償条項などについても検討します。(※FTO調査についてはこちら) - 特許有効性・権利帰属の確認:
候補企業が保有するとされる特許が無効化されるリスクはないか、発明者からの権利譲渡が適切に行われているか(特にスタートアップの場合は重要)を確認します。特許の存続期間や満了時期、子会社の権利も含めてどのような状況なのかを確認する必要があります。また、子会社や合弁会社が関与している場合には、特許の保有主体、共有関係、ライセンス条件などについても確認する必要があります。このように、IPデューデリジェンス(IP DD)では、対象企業だけでなく、子会社や合弁会社などを含めた権利関係についても精緻な確認が求められます。 - 知財係争リスク:
進行中の特許訴訟や警告状の有無を確認し、M&A後の偶発債務リスクを評価します。進行中の特許訴訟については、争点、訴訟の進捗、想定される事業への影響などを確認します。敗訴した場合の影響や代替技術の有無についても検討しておくことが重要です。
まとめ
これらの一連のプロセスを反復・修正しながら進めることで、企業規模や業績だけでは見えてこない、将来の事業成長に寄与する可能性のあるM&A・アライアンス候補を発掘することができます。
最終的に重要なのは、自社にとって有望な候補を見つけるだけでなく、相手企業にとってもメリットのあるWin-Winの関係を構築できるかという点です。
IPランドスケープによる分析結果を実際のM&A・アライアンスにつなげるためには、関係部門との連携や相手企業との丁寧な合意形成が欠かせません。
【この記事の執筆者】 日本アイアール株式会社 特許調査部 H・T シニアAIPE認定知的財産アナリスト(特許) - 国内電機メーカーにて知的財産部知財開発支援センター所長、新規事業開発プロジェクトリーダーなどを歴任。 - 大手特許事務所で技術情報分析のほか、知財戦略コンサルティングなどを担当。IPランドスケープの支援実績は50社以上。
